「どういうことっ?!!」

未だ衝撃を引きずったままの騒がしい館内に、場違いなほどの大声が響いた。
その声には、明らかに怒気が含まれていて、周りの者は何事かと声の方を一斉に振り返る。
視線の先には今にも相手に掴みかかりそうな勢いの少女と、その剣幕にたじろいでいる少年。
そして一瞬固まり、何かを思い出したかのように我に返ると、コホン、と一つ咳払いをして
「ど、どいうこともなにも、言った通りだ!」
「はっ?!!言っ通りって、さっき私が他の人から聞いた事そのまんまじゃないの!!
一体どういうつもり…」
「他の者が言っている事は間違っていない。それが事実だ、と言う事だ。」
その言葉に今度は少女が固まる。
ありえない、
顔中、否体中でその言葉を拒絶するかのように、驚愕の表情のまま、少年を見つめた儘動かない。
その反応に幾分か気分を良くした少年は、今までより声のトーンをあげた。
「僕だって信じたくないが、それは実際に起こってしまったのだから、事実さ。」
嘘だ。
「まさか、あいつがあんな事企んでいたなんて、すっかり騙されていたわけだ、僕も君も。」
そんな冗談面白くもなんともない。
考えれば考えるほど滑稽な話だ、どうして周りはこんなあり得ない情報に踊らされているの?
目の前の少年だって
「……騙された……?」
「そうさ、、あいつに夢中だったから信じたくない気持ちも分からないでもないけれど。」
「その情報が間違いだったってどうして思わないの?」
「間違い?はっ、あり得ないよ。」
まるでを蔑むかのように嘲笑した後、信じられない言葉が少年から発せられた。

「だって目撃者はこの僕、スノウ・フィンガーフートだからさ!」

受け入れがたい事実の数々に、は頭の中が真っ白になった。
現実はいつだって残酷だ。
頭が真っ白で上手に働かない、だけど

「うわっ!」
スノウの上擦った声に、一気に周りに緊張が走る。
だけど今のには冷静にそれを捉える余裕なんて無かった。
完全に血が昇ってしまった頭で思うのは、スノウのその姿が滑稽だ、ということ。
そうなった原因はもちろんにある。自分より背の高いスノウの胸ぐらを掴みあげた状態で、言った。
「本気でそれ、いってんの?」












programma2-5 cambiamento - 急変 -












どうしてこんな事が起こってしまったのか。
前兆なら、あった。
今思えば何故その時にもっと深く考えていなかったのか、と後悔ばかりだ。
おかしかったのは達が、何処かの商船の護衛を頼まれてからだ。
あの出来事以来、は何かを隠すようにしていたし、団長のグレンが体調を崩して寝込んでしまった。
何故体調を崩してしまったのか原因や病状は知らされる事無く、
もちろん一介の厨房で下働きの私なんかが団長室に近づく事すら許されず。
は何故かグレン団長の食事を届けに行ったりと、頻繁に出入りをしていたみたいだが。
そもそもそれだけで十分大事件なのだが、それ以上にはおかしい、と感じていた。
何がおかしいのかは分からない、だけど確実に何か違和感があって。
それはグレン団長が倒れてから、否、グレン団長が慌てて達を追いかけて行った時からだった気がする。
言葉にはできないそれは、感覚的なもの。
胸の奥がチリチリと痛んで気持ちが悪かった。
愚かなのはその違和感を気のせい、と思いこんでそれ以上深く追求しなかった事。
もしもっと気にしていたら今の状況は変わっていたのだろうか。
そうして事件は起こった。
それも最悪の形で。

突然、海賊達が攻めて来たのだ。それもグレン団長が床に伏しているという最悪の状況で。
それでもカタリナ達や達は果敢に戦っていた。しかし、数では敵が圧倒的に勝っていた。
正直、もう負けてしまうのだと思い、悔しさで自分の役に立たない紋章の宿った手を握りしめ、
避難所で震えているだけの不甲斐ない自分を呪った。
皆あんなに必死なのにどうして力になれない?見ているだけしかできないのだろう。
最早、決着がつくのも時間の問題と思われていたその時、は偶然目にしたのだ、
近づくのをグレンによって禁止されていた舘にが入っていくのを。
その時胸騒ぎがした。
のあんな切羽詰まった表情は見たことがない。それ以上にまたあの胸の痛みが襲ってきた。
何かがおかしい。
咄嗟に追いかけたが、鍛えているの足にが追いつける筈もなく、
呆気なく引き離されてしまったは息も絶え絶えでが走り去った方を見つめることしか出来なかったのだ。
不覚だった。まさかあの時を追いかけていたのはだけではなかったのだから。
を見失ってから直ぐに、突然、今まで感じたことのない程の禍々しいモノが舘中、否島中を覆うのを感じた。
なにが起きているのか確認しようと咄嗟に窓の方に視線を向けた瞬間
耐えられない。
ふいに前から感じていた胸の奥がチリチリと痛む感じ…、
それの何十倍もの、例えようのない痛みを感じて、の意識はそこで途絶えてしまったのだ。
その先の出来事をスノウは見たというのか。悔しいことに は見ることの出来なかったものを。

目が覚めたときは全てが終わっていて、周りの話では、不思議な閃光が海賊船を一蹴し、立場が逆転したのだそうだ。
あの異様としか言いようのない一瞬に何があったのだろう。
島中に、痛々しい程の戦禍の跡が残っており、人々はその後始末に走り回っていた。
それからそんな疑問も吹っ飛ぶ位の衝撃的な事を聞かされた。

がグレン団長を

あの時、気絶しなかったら今の状況を変えることが出来ただろうか

目が覚めてから、後悔ばかりしている気がする。








!き、君は今何をやっているのかわかっているのか?!!」
この僕に掴みかかるなんて!
そう言って顔を真っ青にするスノウを見てどうしようもない程苛立った。
「それはこっちのセリフ!!スノウ、自分で何言ってるかわかってるの?」
少女からは目に見える程怒りのオーラが漂っている。
スノウを心配する取り巻き達もそんなに迂闊に手を出せないでいた。
「どういう意味だそれは?!!まさか僕が嘘をついているとでも言うのか?!!」
「嘘ついてるとかそんなんじゃなくて見間違いとか何かの間違いとか!!
がそんな事するわけないってスノウが一番わかっている筈じゃないの?!」
昔から仲の良かったというとスノウ。
スノウが時々傲慢な態度にでる事もあったが、それでも二人のバランスは上手にとれていて、
も時々二人の関係を羨ましく思ったりもした。
それがどういう事だ、を告発したのがスノウ本人だと言う。
一番信じてあげなくてはならない人物が一体どうして。
親友に裏切られたは今、一体どんな気持ちなのだろう。
怒りよりも泣きたい気持ちになった。
「だからさっきも言っただろう!!僕だってこんな事信じたくないんだ!!
だけど事実だからしょうがないんだ!!」
「スノウ?!!」
何処から狂ってしまっていたんだろう。
どうして気付かなかったのか。
「まさか!!君がを唆したのか?!」
何かが壊れてしまった。スノウが狂ったように嗤う。
「なっ?!」
「考えてみればそうじゃないか。だって元々はそんな事考える筈がない。
何しろグレン団長に可愛がられていたからな。
最近、、君と仲良かったから……もしかして……君は記憶喪失と偽って、
本当はこれが目的でこの島に、に近づいたのか!!」
吐き気がする。スノウはなにを言っている?
その言葉に周りが一気に動揺するのが分かった。最早そこに理性というものは残っていない。
襲撃の爪痕は確かに全ての人間に深い傷を負わせ、さらに追い立てるように狂気へと駆り立てる。
張り裂けそうなこの衝動は、誰もが今、この瞬間に抱えているに違いない。
誰が止められようか。彼らの憤り、叫びを。
そしてグレンの亡き今、この島で唯一発言力があるのはフィンガーフート家、すなわちスノウなのだ。
「ふざけるな!!いい加減にしてよ!!さっきから何を考えてるわけ?!!
あんたは今までの何を見てきたわけ?!!
どうしてそんな事を軽々しく言えるの、あんた達の関係は一体なんだったの?!
あんたは一番信じなくてはいけない人の事を裏切ってるんだよ!全部の気持ちを踏みにじってるんだよ?!
あんたにとっては!なんなの?!私はあんた達の仲が良い姿を見るのが好きだった!!
なのに…お願いだから、冷静に、なってよ!」
それに、前からスノウに嫌われているのは知っていたけど、まさかそんな風にまで思われていたなんて。
泣きそうになる気持ちをぐっと堪えて歯を食いしばった。
スノウを睨め付けると、勢いに少し怯んだ様子を見せたが、彼も負けてはいなかった。
「うるさいうるさいっっ!!」
流石にスノウの力に敵うわけもなく、スノウは顔を真っ赤にしての腕を振り解いた。
それを合図に周りの取り巻きがを取り押さえる。
「ちょっと、離し、離して!!」
取り押さえられながらも、目の前のスノウへ視線を反らすことはなく、一方スノウはの方を見ようとしなかった。
悔しい。だけどここで泣いてはだめだ。
「あんたは今のの気持ちを考えたことあるの?!」
「黙れっっっっ!!!!」
こんなに声を張り上げたスノウは見たことがない。
その瞬間、スノウはこれまで見たことのない剣幕での胸ぐらを掴み上げた。
「いッ!!」
「スノウ様!!」「お止め下さい!」
「君にっっ!!僕の何がわかるっていうんだ!!!
いつも皆って!!!僕がどんな気持ちで……!!!
くそっっ!!」
そう言ってスノウは手に力をこめてを力任せに揺すった。
その拍子拍子に締まった首が苦しかった。だけど、それ以上に心も苦しかった。
スノウの瞳と目があう。いつもの彼の瞳じゃない。
こんなスノウ見たことない。怒りに満ちて、憎しみに満ちて、今にもを絞め殺してしまえるだけの何かが宿っていて。
だけど
苦しいのは私の方の筈なのに、どうしてスノウも苦しそうなの?
「スノウ様っ!!そこまでになさって下さい!!」
力の差が確然に違うスノウに敵わないは為すがままで、
次第に色がなくなっていく少女に慌てて周りが助けに入り、周りになだめられたスノウが徐々に正気を取り戻していく。
解放されゴホゴホと咽せるを呆然と上から眺めるスノウの表情は

どうして?
そんな泣きそうな顔してるの

「すまなかった……。
、申し訳ないが疑いが晴れるまで、部屋で謹慎していてくれ。」
目を反らしたままそう言ってに背を向ける。最早、その後ろ姿に攻撃することなんてできなかった。
少年の背中を見つめながら、今起きた事を思いだした。
の放った一言で、あんなにも逆上してしまったスノウ。怒りたいのはこっちだった筈なのに。
何がそんなに少年の逆鱗に触れてしまったのか。

ああ、そうか

一つ、分かってしまったことがある。

スノウはのことを、恐らく……

いつから狂ってしまったのだろうか。
こんなに近くにいたのに気付くことの出来なかった自分を呪いたくなる。
スノウはいつから苦しんでいたのだろうか。
いつから変わってしまったのだろうか。
あの時のスノウの表情が忘れられない。

変わってしまった。
もう昔のように戻れる事はない。彼の出会った時の瞳を見る事はもうないのだろうか。
情けなくて、向けようのない怒りを何処に向けたらいいのかわからず、きつく手を握った。
こんな筈じゃなかったのに。
きっとスノウとはこれで袂を分かつ事になってしまうのだろう。

糸が切れた操り人形の様に項垂れるしかなかった。
散々暴れた為に両脇を固められ、毎日のように食堂で顔を合わせていた見知った団員が
済まないな、と静かに背中を押してくれるまでは立ち尽くしていた。





「君はいつも友情だ、愛だの口にするけど、
それはどれだけのものなんだい?本当に君が言うような大きなものなの?
悪いけど、僕にはこれほど不確かで、信憑性に欠けるものはないと思うよ。」





何時の記憶だっただろう。誰かがこんなことを言っていた気がする。
その時私は何て答えた?

分からない。
いつから私はこんなに何も出来ない人間になってしまったのだろう。

「何言ってるの?あんたはいつだって何も出来なかったじゃないか。」

そう、私は何時だって役に立てない。
ズキズキと頭が痛くなった。ついでに胸が苦しい。
スノウのバカ。
少しは手加減しなさいよ、女の子なんだから。

今頃はどうしているのだろう…。
あの不適な笑みだって、嫌がらせだってなんだっていい。
無性にに会いたくなった。

末期かもしれない。




2006.6.5

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